ノルマン帝国戦記/第1章

1846年9月、プロイセンに宣戦布告される。シーパワー国家なのに船4隻という現実・・・
3年の戦いの末、ついに敗北を認める。北ドイツになってくれ、そしたら次はホルスタインごと奪い取ってやるからな!

・・・っと思ったら白紙和平できた。ラッキー

1849年11月、まさかの中国カットダウンでイギリスが宣戦布告。ここで広東か台湾が奪えるように準備はしておこう。
・・・白紙和平したけど。

ここで船を製造し、イエメンに輸送しておく。

1850年10月、政党がレッセフェールの政党になってしまった。戻してやった。特に後悔はしていない(ちなみに後3回くらい)

nolink

1851年5月、パンジャーブに保護領化で宣戦布告。
1851年9月に19師団全て殲滅。スカンジナビア軍TUEEEEE

nolink

1852年5月、パンジャーブを併合。早速Ladakhを独立。これができるからパンジャーブは有能なんだ。

1854年、勢力圏に入れていたオマーンから援軍要請。そしてポルトガルから入植用植民地を奪う。一瞬BBR25を突破してしまったが、リセットとカシミール独立で乗り切った。

1856年5月、Mocanbiqueへの殖民が完了。以降Sena→Zambezi→Zambiaと殖民していく。

1859年10月、Senaへの殖民が完了。ついでに輸送船100隻を製造しておいた。このへんでデンマーク人が1Mを超える。

1861年、Zambeziの殖民が完了。この辺でカラチで本国化の準備。人口1M、デンマーク人20%でRGOも満杯になってたし。あとアイスランドの本国化に成功。

(技術:Naval Plans→Na(ry→Muzzle-loaded Rifles→Breech-loaded Rifles→Steamers→Mechanical Production→Battleship Column Doctrineのはず)

概要

1846年9月ならず者のプロセインが宣戦布告
1848年クソアナーキニストの反乱 医療改革を進められたところを・・・
1849年9月プロセインと白紙和平。
1852年5月パンジャーブを領土の一部に。
1854年11月ポルトガルからMocanbiqueを奪う。

ノルマン帝国戦記/文明化の試練と大殖民時代


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Last-modified: 2015-10-11 (日) 20:58:54