両シチリアから見る世界

列強までの道(1836~1844)

両シチリア

wikiを見ていると初心者向きと言われる事の多い両シチリア。
この国で上位を目指します。

初動

予算 税率は7割程度、教育に重点をおいて予算編成

技術 初期の鉄道以外1段目が終わっているので、多元性狙いでIdogical Thought

政党 両シチリアは絶対君主制なので自由に政党が選べる!
    初期状態の復古主義派が国家資本主義で主導で工場を立てられるので、特にいじらず。

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土地 3つのステートにセメント工場、缶詰工場あたりを建てておきます
    NFは聖職者を人口の多いCampaniaに

外交 プロイセンに同盟を提案
     1回目で成功。オーストリアでもいいが今後を考えると・・・ね。

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軍事 海軍は支出を減らすために規模を縮小
    輸送船3隻をに歩兵と騎兵を乗せ、いざマダガスカルへ
    

定石と思いつき

1836年4月18日マダガスカルに南部の割譲を求め宣戦、塗り絵を開始。

終結のめどが立ったころスペインがモロッコにTazaを要求して宣戦

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急にあの位置に港が欲しくなり、同じくTazaを要求し宣戦
敵は1連隊しかいないので本国から騎兵を輸送し素早く占領していく

1837年マダガスカルに南部の割譲とついでに屈辱で和平、即港を建造
1838年1月5日にモロッコとTazaの割譲で和平
スペインは白紙和平したようだ。

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その後スウェーデンが同盟を打診してきたので、承諾

おいしいパンジャブ?

パンジャブが英国に宣戦布告されたという通知が入る/(^o^)\ナンテコッタイ
1840年マダガスカルに港が完成、そこを基点に北西の島に入植開始
土地としては微妙だが、植民地化すると威信が少し手に入るので序盤では結構おいしい

Idogical Thoughtの研究後ためていた研究点を使いつつIdealismを研究開始
1841年に終了、Experimental Railroadの研究を開始

思い直して本国から増援を送り、9連隊でシンドに宣戦布告、敵ではない
1842年保護国化で和平
Medicineの研究を開始

 

部隊の回復を待って、パンジャブに宣戦布告
パンジャブはアフガンにも領土を奪われたらしく1ステート国家となり保護国化が適用できるようになっていた
この時期に、BBR16で両国の首都ステートなら普段よりおいしいはず
さすがに少し苦戦したが敵を殲滅、塗り絵を開始、しかしそこで事件発生

占領中の騎兵がそのプロビで生まれた敵に倒されてしまった
普段は砲兵でもない限り再湧きした敵には負けないので油断していた・・・

とはいえ大勢に影響はなく1843年10月に併合
ほぼ同時にマダガスカル近くの島の植民地化、隣の島の植民地化に移る

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イギリスがアフガンパンジャブを要求して戦争している(コワイ

その後Positivismの研究を開始

列強へ

1844年4月27日列強になる。

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どう見ても9位なんですがそれは・・・
アンハルト公国はプロシアの勢力圏だからだろうか?
どっかの国のせいでTazaを手に入れられなかったからかスペインが順位を落としている。
それ以外は順当といったところか

両シチリアから見る世界 第二話


添付ファイル: fileV2_11.jpg 222件 [詳細] fileV2_9.jpg 184件 [詳細] fileV2_3.jpg 209件 [詳細] fileV2_2.jpg 222件 [詳細] fileV2_32.jpg 210件 [詳細] fileV2_34.jpg 217件 [詳細]

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Last-modified: 2015-04-09 (木) 18:43:00